ライバー&スタッフを法的な視点で守る法務チーム
――まず、法務チームのメンバーはどのような方々で構成されているんでしょうか?
法務執行役員 I:法務チームには弁護士資格を有する社員が数名社内弁護士として所属しており、そのほかアシスタントとして我々をサポートしてくれるメンバーなどで構成されています。ひと口に法務と言っても、著作権侵害・損害賠償請求などの事案で実際に裁判を担当したり、契約書の作成・レビューを行ったりなどいろんな業務がありますから、各々がメインで担当する役割が異なっていますね。もちろんそれぞれが抱える案件が忙しいときにはほかのメンバーを手伝う、ということもあります。
――受け持つ業務が幅広い印象ですので、それぞれ担当分野が分かれているんですね。では、法務チームの皆さんの主な業務を具体的にお聞きしていきます。皆さんはライバーさんだけでなく社員のサポートも担当されていますが、まずライバーサポートの面でお聞かせいただけますか?
法務担当 S:法務チームとしてのライバーサポートについてもライバーさんが活動を行っていく中で起きるいろいろな法的な問題の解決をお手伝いしていますが、当社では誹謗中傷対応が特徴的かなと思います。ライバーさんやマネージャーからの相談に乗りつつ、例えばコメント・SNSの書き込みなどの悪質な事案であれば発信者情報開示請求(※1、以下開示請求)などの法的な対応を行って投稿した人を特定して、責任を追及し、誹謗中傷の根絶を目指すことが主な業務です。
※1→SNSなどインターネット上の投稿により名誉毀損や誹謗中傷を受けた場合に、プロバイダなどに投稿者のIPアドレスや指名などの個人情報を開示するよう請求する手続き。
あとはライバーさんの活動において発生するさまざまな発注業務に関連して、マネージャーサイドと連携をして契約内容を検討する、ということもやっています。
法務執行役員 I:ここを少し補足させていただくと、ライバーさんは魅力的で面白いコンテンツをファンの皆さんにお届けしつつ、活動をしていくうえで「コンプライアンス」を守っていただく必要がどうしてもあるんです。特に企業に所属しているにじさんじ・NIJISANJI ENのライバーさんたちにとってコンプライアンス重視の姿勢はより重要になってきます。
そこを「ご自分で調べながら活動してください」とすべてお任せしてしまうと、法律の専門的な話や、配信時に気を付けなければならないことのノウハウなどが分からない部分もあると思うんです。そのため法務としては、コンプライアンスの観点からライバーさんが困らないように、マネージャーたちマネジメント部と連携して研修を実施したり、配信活動をするうえでのルールを決めたりしています。それでも何かしらのトラブルが起きてしまった場合には、法的な観点でサポートをさせていただいていますね。
にじさんじのライバー一覧。(※このビジュアルは2025年9月上旬時点のもの)
NIJISANJI ENのライバー一覧。(※このビジュアルは2025年9月上旬時点のもの)
――「コンプライアンス研修」の存在は配信上で明かしているライバーさんもいらっしゃいますが、その研修を取り仕切るのが法務の皆さんということなんでしょうか。
法務執行役員 I:確かに、コンプライアンス研修の資料自体は法務が作成・管理しています。ですが、法務の人間がライバーさんと直接コミュニケーションを取る機会はあまり多くないんですよ。にじさんじ・NIJISANJI ENにはたくさんのライバーさんがいらっしゃるので、研修自体はマネージャーが行っています。
分かりやすくご説明すると、例えばステルスマーケティング(※2)の規制が法律で明確に定められた場合には、マネージャーに「法律がこういうふうに改定されているので、ライバーさんたちにお伝えしてください」とお願いする、といったように。ライバーさんが意図しない形でコンプライアンス違反をしないよう、法改正などに合わせて適宜アップデートを行っています。
※2→広告であるにも関わらずそれを意図的に隠して宣伝行為を行う手法。
――確かに配信などライバーさんたちの普段の活動は、たくさんのファンの皆さんに注目されますから注意が必要ですよね。マネージャーをはじめとして、ANYCOLORには多くのスタッフが在籍していますが、スタッフサポートの面ではどのような業務が多いですか?
法務担当 S:まず弊社に入社した方に対しては、始めに業務上で発生する様々な契約書締結・発注のフローをお教えしています。上場企業ということもあり、インサイダー取引は非常に注意しなければいけないので、それについての研修も行っていますね。そのほかですと、先ほども話に出た発注関連の契約書の内容をレビューしたり、業務に関連する法律相談の対応をしたり、というのがメインです。
法務執行役員 I:ここは、他の会社で法務と呼ばれている方々と同じような働きかなと思います。事業を行っていくうえでは当然契約書を各所と締結しなくてはならないので、契約書の作成・レビュー依頼を他部署の方々からかなりの数をいただくのですが、ほかの会社に比べてもかなり早く対応ができているかなと思っていますね。
――なるほど。
法務執行役員 I:Sさんがおっしゃった業務に関連する法律相談というのは、例えば事業部の皆さんがそれぞれの仕事を進めていくうえで疑問に思った点や、新しい事業・プロジェクトに着手しようとしたときにそれが「法的な観点から問題はないのか?」という部分を確認してアドバイスをさせていただいています。「規制法令」とよく言いますが、新たな取り組みを行おうとするときには関係する法令を調べて、その法令に違反しないためにはどうすればいいのか、ということを企画者の方と相談・調整しています。
あとは、外から見えにくい部分の業務としては株主総会や取締役会の運営など、コーポレートガバナンスという「会社が上場企業として果たさなくてはならない社会的な責務」や会社法という法律で要求されている諸々の手続きに携わっています。
「やりたいことができる」「レベルアップができる」2人の希望にマッチした環境
――なるほど。そもそものお話なのですが、おふたりがANYCOLORに入社したいと考えた理由がどういうものだったのか教えていただけますか?
法務執行役員 I:僕はそもそも弁護士事務所に所属していたのですが、エンターテインメント業界の法律を扱いたいなと思っていたんです。もともとエンタメコンテンツが好きで、かつ弁護士として法律も好きなので。法律事務所でエンターテインメント業界のビジネスにまつわる法律(以下、エンタメ法)を扱おうと思っても案件自体がそう多くないですし、法律事務所では事業の一側面の部分だけに関わることしかできないケースも多かったんです。もっと本格的にエンタメ法に携わるのであれば、そういう業界の企業内弁護士になるのが一番早いだろうなと思って入社を決めました。
また、僕が入社した当時のANYCOLORは上場前だったんですが、以前から上場のプロジェクトに関わりたいなとも思っていたんですよ。エンタメ法が扱えて、かつ上場プロジェクトにも携わるという2つの目標を叶えられるのがANYCOLORでした。
法務担当 S:自分も以前事務所に所属して企業法務を担当していたんですが、もっと企業法務の中心を担っていきたいなと思っていたんです。そのため、一度どこかの企業で社内弁護士として働いてみたい、という理由でした。Iさんと違って自分はエンタメ系にすごく興味があったというわけではなく、VTuber自体もこの会社に入る前まであまり知らなかったんですよね。社内弁護士という経験を積みたい、という思いから入社した形です。
――なるほど。IさんとSさんは先ほどお話に出た通り、社内弁護士と呼ばれる立場ですが、弁護士としてANYCOLORの中で対応可能な業務はどこまでの範囲になるのでしょうか? 要するに、社外の弁護士に協力を仰ぐこともあるのか、ということですね。
法務担当 S:うちは若干特殊かもしれないのですが……。何かトラブルが起きたときに外部の弁護士にあまり依頼せず社内で完結できてしまうことも多いです。理由としては社内にいることで事案の把握や事実関係の調査、必要な資料の請求などがスムーズなので、自分たちの方で紛争対応(※3)をした方がやりやすいことが多いという点です。もし外部に対応を頼むと、説明のために事案の内容を整理して伝えて……という作業が必要になってきますから、基本は社内で完結することの方が多い印象です。裁判も含めて僕たちの方で対応することもありますから、対応できることの範囲としてはけっこう広いかなとは思っています。
※3→本記事内では法的なトラブルにまつわる対応業務のこと。
法務執行役員 I:弁護士資格があるといいことって、文字通り弁護士業務をできるんですよ。社内に弁護士資格を持ってる方がいない場合、裁判を起こしたいときは、必ず社外の弁護士に頼まなくてならないですよね。ANYCOLORでは裁判も社内の人間で完結させることもできるので、可能な事案に関してはこちらで対応している、という状況です。
ただ、例えばものすごく工数がかかったり、どうしてもマンパワーが必要になったりする案件が発生した場合には、社外の弁護士事務所にお願いをすることもあります。外部の法律事務所には「手が足りなくて対応ができない」「より専門的な意見がほしい」という場合にご協力いただいている感じです。
――工数・マンパワーが必要な事案というのは、事案1件あたりに関係者がすごく多い、というようなイメージでしょうか?
法務担当 S:例えば先ほどお話に出た誹謗中傷にまつわる開示請求、つまり悪質な書き込みの投稿者を特定する裁判であれば、まず書面を作って裁判所に提出してから実際に裁判所に行って裁判期日に参加しなくてはならないんです。通常の裁判ですとオンラインで出席できるものもあるんですけどね。ほかの業務も複数ありますから、時間的都合が取れないときは外部の法律事務所にお願いすることもあります。
法務執行役員 I:おそらく他社でも、社内弁護士がいる場合は相対的に外部の法律事務所に依頼する機会はあまり多くないと思っていて。会社の中にいる私たちと、今つながりのある事務所の弁護士さんは、それぞれ専門分野はもちろん違いますが、同じ「弁護士」であることにかわりはないので、法律知識のレベルに差はないんですよ。なんならその事業に関係する法律には、その事業を行っている会社の社内弁護士の方が外部の法律事務所の弁護士よりも詳しいということが多い気もします。ですから、社内にいて事案に関する前提知識がある社内弁護士が対応した方が仕事がスムーズということも多いんですよね。そういう理由で、社内の人間で完結させてしまった方が効率がいい、ということです。
毅然とした対応の理由は「ライバーを守りたい」という信念
――誹謗中傷、権利侵害などシビアな対応を迫られるケースも多いかと思いますが、事案の対応方針についてチーム内で明確に定まっていることは何かありますか?
法務執行役員 I:訴訟に持ち込めそうなものはなるべく訴訟を行うようにしています。勘違いしていただきたくないのですが、もちろん我々も嬉々として裁判をやりたいわけではないんですよ。例えば誹謗中傷を行った方には「これは悪いことなんだ」という自覚をしていただいたうえで、しっかりと責任を取っていただく必要がありますし、そうでない方々にも「誹謗中傷を行うとこんな大事になってしまうんだ」とご理解をいただきたいんです。「ライバーさんを守りたい」「ライバーさんが負ってしまった傷を癒す手助けがしたい」という信念で、毅然とした対応を重ねています。
その結果「にじさんじ・NIJISANJI ENのライバーに手を出してはいけない」という空気ができて、訴訟なんて起こさなくていいような状況になってくれればそれに越したことはないんです。そういう状況が実現できるまでは、今の方針は変えずにどんどん訴訟をしていくつもりでいます 。もちろん訴訟以外にも、カバー株式会社さんなど他社の方々と連携をして、誹謗中傷防止のための啓蒙活動なども行っています。
――他社と協力して行う啓蒙活動とのことですが、それはクリエイターエコノミー協会の誹謗中傷対策検討分科会(※4)における活動の一環ということでしょうか。
※4→誹謗中傷対策検討会は一般社団法人クリエイターエコノミー協会が2023年6月28日に設置したもの。ANYCOLORのほか、UUUM株式会社・カバー株式会社、グーグル合同会社、note株式会社が参画し、クリエイターへの誹謗中傷防止のための課題に取り組んでいる。
法務執行役員 I:そうです。検討会に参画しているのは配信活動などにまつわる業界の中では有名な企業が名を連ねているので、その各社が連携して誹謗中傷対策に乗り出していること自体が非常に意義のあることだと感じていますね。
クリエイターエコノミー協会の誹謗中傷対策検討分科会設置の狙い。
――ちなみに、NIJISANJI ENなど海外のライバーさんも多く所属していますが、日本語を母語とするライバーさんとのサポート体制の違いなどはありますか?
法務執行役員 I:対応する事案の性質にそこまで大きな違いはないのですが、海外のコミュニティマネジメントなどに強いアメリカの法律事務所に依頼をしたりしています。何かトラブルに発展しそうな火種が生まれたときにその法律事務所に相談できるような体制を整えている感じですね。また、こちらもアメリカの企業ですが危機管理のコンサルティングを行う会社とも連携をしています。
やはり日本と海外は法的なマインドもファンコミュニティの考え方も違ってきますから、法律にのっとって機械的に解決を目指そうとしても、逆にそれがトラブルを招く可能性がある。ですから、対象事案にまつわる国・地域の文化圏の理解をしっかりとしてから具体的なアクションを起こしていく必要があるので、その意味では海外のコンサルティング会社・法律事務所からのアドバイスは必須だと感じていますね。
お仕事手帖法務編の前編はここまで。近日公開予定の後編では、法務チームが実際に対応した誹謗中傷・権利侵害事案をなぞりながら、ライバーを守るために実行していることを解説します。