「ライバーに直接言えないことは書かないで」実際にあった誹謗中傷事案を解説
――ではここからは、法務の皆さんが実際に対応されたいくつかの事案をなぞりながら、対応の特徴などを伺ってまいります。まず2024年12月に報告された誹謗中傷行為・荒らし行為への対応事案です。こちらの報告リリースは“極めて悪質”という強い表現が特徴的に感じたのですが、この事案が非常に重く見られた理由について改めてお聞きできますか?
法務担当 S:この対象者は当時ライバーさんのXタグをつけて、ものすごくグロテスクだったりホラー要素があったりする画像をかなりの数連投していたんです。誰がどう見ても不快に感じるような内容でした。
法務執行役員 I:こういった迷惑行為は“タグ荒らし”と表現されるんですが、同様の行為が同時期ないし近しい時期に複数のアカウントで投稿されていたんです。そこで開示請求をしたところ、これらの投稿はすべてある人物によるものでした。たとえ同一人物による行為であっても、投稿したアカウントが違えば開示請求と裁判の数はアカウントの数と同じだけしないといけないので、こちらの工数もかかりますし、外部の弁護士に頼むと弁護士費用もその分かかりますから……。あと、この事案はタグ荒らし以外にも問題行為がありましたよね。
法務担当 S:はい、ライバーさんに対する危害予告もありました。そのため「極めて悪質」という表現でも違和感はなく、ANYCOLORのコーポレートサイトでご報告する際にそのように記載しています。
法務執行役員 I:ほかの事案と比較しても悪質性がかなり高いと判断しました。

当社所属ライバー「甲斐田晴」に対する 極めて悪質な誹謗中傷行為・荒らし行為等への対応の進捗について | ANYCOLOR株式会社(ANYCOLOR Inc.)
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――危害予告やタグ荒らしの悪質性の高さは明らかですが、それらよりも悪質性が低いととられかねない妨害行為もありますよね。例えば配信中のコメント欄に関係ない内容を何度も何度も投稿する、いわゆる“連投荒らし”なども権利侵害に該当するケースがあるんでしょうか?
法務執行役員 I:連投荒らしも権利侵害が認められるケースがあり、実際に弊社でも発信者情報の開示に成功したことがありますね。内容云々はともかく「配信の邪魔をすることが理解できたうえで執拗にコメントを連投するような荒らし行為」も、ライバーさんからのSОSがあれば私たちは裁判の対象にしています。そもそも、自分の目の前にライバーさんがいると仮定したときに面と向かって言えないようなことは、コメント欄にもSNSにも書かないでいただきたいです。
法務担当 S:おっしゃる通り、連投荒らしはほかの事案に比べると悪質性が一見低く見られてしまうのですが、裁判がなかなか大変でしたね……。ただ、このような連投荒らし行為で権利侵害が認められたのは初めての事例だと思うので、我々から報告リリースを出させていただいたことがあります。
――権利侵害が認められた理由なのですが、書き込んだ内容と回数のどちらが問題視されたんでしょうか?
法務執行役員 I:どちらかというと回数ですね。内容自体もライバーさんからすると不愉快なものだったんですが、もう何百回と書き込んでいたので。
――さすがにそれはライバーさんだけでなく、配信を観ているファンとしても気持ちのいいものではありませんね……。
誹謗中傷にあたる内容を拡散した“だけ”で訴訟の対象になるケースも
――お次は匿名掲示板の内容を引用して掲載するアフィリエイトサイト、いわゆるまとめブログの運営者に対して権利侵害行為の差止請求が行われた件です。VTuberの情報を取り扱うまとめブログは何件もありますが、こちらは掲載内容が問題視されたということですか?
法務執行役員 I:主にはそうです。このサイトに関して言うと、ネット掲示板などからにじさんじ・NIJISANJI ENのライバーさんに関するネガティブな書き込みをまとめて掲載していました。例え元投稿の書き込み自体を行っていなくても、誹謗中傷にあたる内容を引用して表示しているのは運営者ですから、権利侵害にあたることに変わりはないんですよ。
法務担当 S:そうですね、ライバーさんのマイナスなイメージが膨らむことを助長する記事が掲載されていて、サイト管理者としてそれらをきちんと制御してないというところが、差止請求を行った主な理由です。

まとめブログサイト『にじさんじ有ンチスレの真実』 運営者に対する差止請求及び合意書の締結に関するお知らせ | ANYCOLOR株式会社(ANYCOLOR Inc.)
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法務執行役員 I:こちらからお声がけするサイトは、だいたいが「わざと悪いイメージを持たせるように誘導していたり、偏向的な内容を掲載したりしているところ」ですね。思想の自由市場自体は守りたいので、誹謗中傷ではなく論評の範囲で収まっているものについては訴訟の対象としていません。言論の弾圧になってしまいかねないので、そこは抑えるべきじゃないと思っています。
――まとめサイトには各記事ごとに読んだ人が感想のコメントを残せる機能がありますよね。例えばの話ですが、読者が記事の内容を受けて同調するような悪質なコメントを書き込んだ場合も開示請求の対象になりますか?
法務執行役員 I:そうなる場合もあります。分かりやすいところで説明すると、SNSで誹謗中傷に該当する投稿を拡散するだけでその行為自体が誹謗中傷にあたることもあり、開示請求の対象となります。
傷を負ったライバーのためにファンができること、通報フォームの役割
――ここまで話に上がったような悪質なコメント・記事すべてを法務の皆さんでキャッチアップするのは難しいかと思われますが、どうやって発見されているのか気になります。
法務担当 S:社内から報告がある場合もありますが、多くは通報フォームで情報を提供いただいたものです。何かあった場合にファンの方々がリアルタイムで通報してくださるので、法務としてもかなりスピード感を持ってキャッチアップできてるなと感じています。

誹謗中傷行為等を発見した際の当社宛の通報に関するお願い | ANYCOLOR株式会社(ANYCOLOR Inc.)
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――だいたい月に何件ほど通報が寄せられるんですか?
法務担当 S:だいたい月2000件弱ぐらいの通報が届きます。
――すごい件数ですね……。
法務執行役員 I:通報フォームの存在はもうご存じかもしれませんが、開示請求の際に証拠として必要になる情報が含まれるようなスクリーンショットの撮り方を少し前から公開しているんですよ。そのおかげで、本当に裁判でも使えるような証拠をいただけるようになりました。
――通報フォームのぺージを見ると、問題となっている投稿をした人のSNS IDや発信日、YouTubeであればコメント投稿者のユーザーページURLなどが含まれるような撮り方が紹介されていますよね。
法務執行役員 I:悪質な投稿をした人がアカウントを消すと、通報を受けた後に投稿の事実を確認できないことがあるんですよ。仮にアカウントを消してたとしても権利侵害をした事実は変わりないので、開示請求は理屈上はできるんですが証拠がない、という状態になってしまいます。しかし通報していただいた方がタイムリーに証拠を残してくださっていたら、投稿者が証拠隠滅を図っても開示の手続きができるんです。通報をしてくださっているファンの方々には、本当に心から感謝しています。
通報フォームで公開されている、スクリーンショットの撮り方。
――通報フォームはこのようにファンの方々のご協力によって、法務の皆さんの仕事が円滑に進む手助けになっているんですね。このフォームに関連してなのですが、今年3月に「誹謗中傷行為等を発見した際の当社宛の通報に関するお願い」「「にじさんじ」・「NIJISANJI EN」を応援してくださるみなさまへ(青少年向け)」というタイトルで、「誹謗中傷行為を目撃した際に、ライバーに直接報告をしないでほしい」という内容のリリースが発表されました。このことの理由を改めてお聞かせください。
法務執行役員 I:「ここでこんなふうにあなたの悪口を言われてたよ」と報告されるのは、ライバーさんからするとやっぱり嫌ですよね。誹謗中傷ってライバーさんが活動するうえでマイナス要素でしかないのですから、そんなものは一切見ずに活動してほしいんです。見てもなんの得にもならない嫌な面はなるべく会社側で拾い上げて対応をしていくことで、ライバーさんには気持ちよく活動してほしいという思いなんです。
――報告してくれた人も善意からの行動だと思いますが、ライバーさんの気持ちを思うなら通報フォームを利用してくださったほうが証拠も押さえられるし、いいですよね。話は変わりますが、侮辱罪(※1)が厳罰化される傾向が近年強くなり、実際に法改正も実施されましたが、このことを受けて法務の皆さんのお仕事内容に変化はありましたか?
※1→事実を示すことなく、不特定もしくは多数の者が認識できる状態で人を侮辱する罪。侮辱罪に該当すると30日未満の拘留または1万円以内の科料が定められていたが、2022年6月に法改正が行われ、1年以下の懲役もしくは禁錮もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料となった。
法務担当 S:正直そこまで影響はありませんね。
法務執行役員 I:この法改正で私たちのやることが何か変わったか、というとSさんのおっしゃる通りあまりないんですが、VTuberに対する誹謗中傷は確実にここ数年で裁判所に認めてもらいやすくなりましたね。
法務担当 S:そうですね。
法務執行役員 I:少し前は「VTuberに対する誹謗中傷は、人に対する誹謗中傷じゃない」というような扱いだったところが、今はもう当然のように1つの人格として扱われています。最近の裁判だとその点はもう当たり前、という風潮だと感じますね。
――では裁判やそれにまつわる手続きなども、以前と比べてスムーズになってきましたか?
法務担当 S:そうですね。社内弁護士である我々もそうですし、外部の弁護士の方々も経験を積んでかなりのスピード感を持って担当してくださっています。さらに裁判所もVTuberという存在をある程度認知してくれているので、昔よりはやりやすいと感じます。
ただ、その一方で権利侵害の対応自体のバリエーションが少し増えてきたというか……。投稿する側の方が法律を理解してきたのか分からないのですが、誹謗中傷を行うにしてもあえて内容をぼかして投稿するなど訴訟につなげにくいグレーなものが増えている気がしますね。
――そこまでして誰かを攻撃したい心理がそもそもあまり理解できないのですが……。法務の皆さんやファンの方々のご協力によって、ライバーさんが傷付くことが減っていくのを願うばかりです。それでは最後に、法務チームの皆さんが業務を通じて目指している状況や大切にしている理念を教えてください。
法務担当 S:誹謗中傷対策という点に関してお話するのであれば、そもそも誹謗中傷が起きないファンコミュニティ作りというのが一番の目標ですね。
法務執行役員 I:ライバーさんへのサポートという面では、誹謗中傷を含む法的な紛争や、発注にまつわる契約書など、活動するうえでどうしてもやらなくてはならない法的な手続きのような、手間のかかることはなるべく私たちの方で負担を軽減をしたいと思っています。言ってしまえばそういう面倒な部分を少なくして、ライバーさんがそれぞれの才能を発揮しながら気持ちよく活動していただける環境を作りたいですね。