旧スタジオに感じた“手作り感”
──まずは皆さんが普段どういうお仕事をされているのか、教えてください。
スタジオ部部長 水越(以下、水越):僕はスタジオ部の部長という立場なので、基本的にはマネジメント業務が主な仕事です。イベントにスタジオ部の誰を派遣する、などのアサインの管理や人員の調整を行っています。
とはいいつつ、自分も現場に入ることもあるので、二足の草鞋を履いている状態ですね。昔ほど現場に入る機会は減っているんですが、人が足りない現場にヘルプで入ったり、大事な配信のときは責任者として後方から指示出しをしています。
テクニカルディレクター 關(せき。以下、關):僕は肩書的にはテクニカルディレクターですね。配信で使うスイッチャーへの映像の取り込みや各種機材の選定のほか、配信上であれがしたい・これができるようになりたい、というディレクターさんたちの要望をキャッチアップして、それに応えられるような機材を選定して現場で操作しています。
リード音声エンジニア 福島(以下、福島):配信音声のエンジニアを務めております。主に生放送の音声や収録の分野が担当です。企画者さんたちの要望に応えて仕事をする点では關さんと一緒ですが、僕は音声担当なのでライバーさんの声を取り扱う仕事が多いです。
企画を成立させるために何が必要かを音声の面からヒアリングして、マイク・スピーカーをテストしてリハをして本番に臨む……ということをしていますが、日によってはロケに行くこともあったりして、毎日違う仕事をしているなと思っています。
──音声、映像、スタッフの管理と、Live2Dを用いたスタジオ配信を支える方々にお集まりいただいた、ということですね。早速スタジオの話題へ移りますが、初めに以前のスタジオについてお話を伺ってまいります。六本木の旧スタジオも規模としてはかなり大きいものでしたが、スタジオ部の皆さんとしては、どういう点を改善したかったのでしょうか。
水越:うーん……壁、ですかね。スタジオの壁が、配信をするためには少し条件を満たしていなくて。簡単に言えば音が漏れてしまうことが多かったんです。
六本木の旧スタジオの収録ブース。
福島:僕も同じことを思いました。壁自体もそうなんですけど、さらにスタジオ同士が近くて、お互いの音が干渉してしまうことがあったんです。
水越:例えばですが、どこかのスタジオでカラオケ配信をやっているときに、近くのスタジオを使っているライバーにはその音が聴こえてしまう……なんてこともあったんです。
──自分がカラオケボックスにいて、隣の部屋の歌声がうっすら聴こえる、というイメージですかね。
水越:そうです。配信には乗らないぐらいの程度ではあるんですが、スタジオという場所の性質上(音が出入りすることは)よろしくない。あとは床も似たような問題を抱えていました。これらの問題についてライバーさんから直接何か言われることはなかったんですが、そういうことが起きてしまう可能性があるために配信に制限をかけてしまうことが嫌で。ライバーさんにやりたいことをさせてあげられないという制限が、六本木スタジオでは多かったんです。
例えば「今の時間はAの収録をしているから、Bの部屋は使っちゃいけない」とお願いせざるを得ないときがありました。スタジオの機能としてあるものなのに、機能がお互いに干渉し合ってしまうので、同時使用ができない。そこはなんとしても改善しないといけないという思いでした。
關:増設に増設を重ねて“魔改造”していったので、工事が終わるたびにスタジオの構造が変わっていきましたよね。ケーブルのワイヤリングも工事のたびに変わっちゃって、「このケーブルは使える」「これは使えない」という確認が都度発生してめちゃくちゃでした。
福島:なんて手作り感のあるスタジオ……。
關:ケーブルを通すためには、床下に通したり壁に作りつけたりといろいろ方法があるんですけど、昔はもう粘土で固めて、そこからまたさらに配線を変えて粘土で固めて……を繰り返していたので、どんどんDIY感に溢れるスタジオになっていったんです。
──当時の皆さんの苦労が感じられます……。
水越:そもそも僕らこの取材に参加しているメンバーは、ここ2、3年の間に入社した人間なんです。だから各々、ほかのスタジオや別の会社のいろんな環境を見てきている状態だったので、六本木スタジオは「スタジオであれば当たり前にあるものがない」という状態だったんです。入社するときに要望されていたのが、「スタジオの立て直しをしてください」というものでした。
──根本から見直してほしい、というオーダーだったんでしょうか。
水越:はい、「ボロボロだから」って言われていて、実際見てみたら確かにそうだなと。時系列としては、僕の入社時期は六本木の旧スタジオに移転してから半年ぐらいの頃で、まだまだスタジオ内の手作り感があったから、よりそんなふうに感じたのかもしれません。入社して約2年間、旧スタジオも根本のシステムから見直しを行って、かなり立て直しを行いました。
目玉は「当たり前のようだけど、意外とすごい」中継システム
──さて、いよいよ新しいスタジオも稼働して、環境としてはかなりよいものになったのでは思います。2D配信のスタジオ機能として、パワーアップしたポイントはどこですか?
關:映像面から言うと、IPネットワークで映像が送れるようになったことが大きいです。たとえば、あるスタジオで配信をしている最中に、映像を別のスタジオに中継するのが、すごく簡単になりました。これは目玉ですね。
ANYCOLOR新2Dスタジオの様子。
水越:前のスタジオはどうしていたかというと、もう“物理”でケーブルそのものを引っ張って、スタジオ同士の映像と音声をつないでいました。まず1本ケーブルを引いて……。
關:戻すときはまた1本引いて……みたいな(笑)。そして今度はこっちからケーブルを2本引いて……って。今のスタジオですと、それがボタン1つの作業に簡略化されて、スタジオ間の映像連携がシームレスにできるようになりました。
水越:先日配信された新スタジオ設立記念の特番でも各スタジオの映像を連携していたので、直近ですとその配信を見ていただければわかりやすいと思います。あの配信では1つのスタジオを起点に計5部屋のスタジオをつないで、お互いの映像が見られるようにしていました。「当たり前のようにできているけど、意外とすごいんだぜ」っていう機能です。
「新スタジオ設立記念!総勢50名のライバーによる大型特番! #にじさんじ大感謝祭」
──例えばTVの天気予報のコーナーなどで見られる、「現場の○○さーん」「はーい」みたいなやり取りがスムーズにできるようになったということですね。
水越:なんならTV番組の中継よりも、クロストークの遅延が少ないと思います。TVですと、中継の受け手の反応が少しだけ遅くなるんですけど、IPネットワークは0.03秒ぐらいの遅延で済む。ほぼ対面で話しているのと変わりないぐらいスムーズに話せます。
──確かにその特番でも違和感を感じていなかったんですが、それがスムーズに連携できている証拠だったんですね。
福島:IPネットワークでもってやりとりできるほかに、いろいろと便利になった面もあります。例えば今までは、ライバーさんが20人が出演するとしたら、人数分の長いケーブルを引かなくてはいけなかったんです。でも今は手数的にはかなり簡略されて、なおかつ音質も安定しているので、作業のやりくりもクオリティもすごくよくなりました。
水越:旧六本木スタジオのときからLANケーブルを使用した伝送を一部で行っていたんですが、今はシステムを大きく作り直して、その頃よりも大々的なものになりました。でもけっこう複雑になってしまったので、それを使いこなすべくあれこれ勉強中ではあるんですが……。
システムの設計をしている段階で「こうだったらいいな、ああだったらいいな」という希望は無限に出てくるんですけど、それらが形になって、いざ現場で使ってみると「なんだか違うな?」という場面も出てきたんです。だから今は、それを“現場ライク”に、より使い勝手がよくなるように調整している最中です。
ANYCOLOR新2Dスタジオの様子。
關:なんだか自分の家の引っ越しと似てますね。
水越:確かに。カタログスペックを追い求め過ぎて、いざ住んでみたらなんか違うな? ということが起きたという感覚なので、今は“住みやすく”している途中です。
福島:これまでは機能として3つか4つぐらいあったものが、単純計算で2倍か2.5倍になってますからね。
──なるほど、今は新しいスタジオの機能になじむ期間ということですね。
福島:増えたといえば、マイクの数もかなり増えました。今は80本ぐらいあるので、逆に言うとそれぐらいの人数が出演できるようになったっていうことなんですよ。ここからマイクの本数を増やせば、もっと大人数が一度に出演できるかもしれません。
水越:システムや環境としてはそれぐらい受け入れられるものができた、ということですね。ライバーさんからも、マイクの本数とイヤモニがもっと欲しいと言われていて、そこは移転のタイミングで改善したいと思っていたのでがんばりました。
──以前スタジオ部の山川さんにお話を伺ったときに、いずれ新スタジオで“100人オフコラボ”をしたいとおっしゃっていましたが、決して無理な話ではないなと思えてきました。
福島:僕はそこを150人にできないかなと思っているぐらいなんですけど(笑)。全部のスタジオを使えば、可能じゃありませんか?
水越:キャパシティ的には可能です。2Dスタジオは5部屋作りましたが、一番広いスタジオには50人ぐらい収容できるようになっているので。
拡大規模は約3倍、いよいよ稼働した新スタジオは「ライバー&スタッフの願いが叶う場所」
「2Dでしかできないこと」と堅実な運用体制を模索中
──難しい質問をしているかもしれませんが、新たな2Dスタジオのアピールポイントをひとことで言うならなんでしょうか?
水越:確かに難しいですね。うーん……そもそも他社さんの状況を見ても、Live2D配信だけをするスタジオってあまりないんですよ。なぜかというとLive2Dの配信ってライバーの皆さんは基本的にご自宅でできるので。ただうちの会社は、大人数での配信やゲーム大会などさまざまな需要がとても高いので、今回こうやってたくさん作りました。
關:ひとことで言うのであれば、僕はアピールポイントは“可能性”だと思いますよ。3Dでの映像表現だけじゃなくて、今いろんなスタッフが「2Dでしかできないこと」「2Dだからこそいいよね」っていう見せ方を考えているんです。
2Dは3Dよりも配信をするまでの工数が少ないし、ライバーさんもリラックスして配信に臨めるので、そのぶん見せられる表現が増えると思うんですよ。だからこのスタジオで、そんな新しい可能性を探せたらなと考えているので、スタッフもライバーさんもそれを感じてほしいなと思います。
水越:うん。2D配信は、3D配信のただの劣化じゃないんだぞ、ということは言えますね。
ANYCOLOR新2Dスタジオの様子。
關:映像技術の視点から説明すると、Live2Dモデルは3Dに比べるとライバーさんのリアクションをリアルタイムで映すのは難しい場面があるんですが、新スタジオの広さを生かしてそれができるようにしていきたいと考えています。それ以外にも、ライバーさんが動いている様子を2Dでも画面に反映できるようにならないかな、と今研究しているので楽しみにしていただければ。
──どんな表現が見られるか楽しみです! 福島さんはいかがですか?
福島:お話した通り、環境がパワーアップしていますので、「無茶できる間口は広げてあるよ」「面白いことをなんでもできる場所が用意されているよ」ということは言えると思います。
──水越さんは、新スタジオでトライしたいと思っていることは何かありますか?
水越:僕はマネジメント側の人間なので、とにかく安定してスタジオを運営することが一番優先度が高いですね。とにかく事故を起こさないこと、安定して運用できるシステムを構築することがひとまずの目標です。
關:水越さんのコメントを補足すると、便利になったぶん機材やシステムなどいろんなものが増えたんです。配信中に見なきゃいけない領域が今までは3つぐらいだったとすると、今は10個ぐらいになってしまって、確認事項がすごく増えたんですよ。
水越:そうなんです。それに2Dスタジオの人間だからといって、3D関連の仕事をまったくやらないかと言われれば、決してそういうわけではないんです。それこそ音声や、映像にテロップ載せる作業など、3D配信でモーションキャプチャーに関わらない部分の作業は全部僕たちの担当なんです。だから、僕たちはにじさんじの配信に関わる全般を受け持っているんです。
だからこそ、配信事故を起こさないことが一番。そのために、何かが起きたときに対応できる堅牢なバックアップ体制の構築が急務だと感じています。そんな体制は今もあるにはあるんですけど、まだ甘いのでもっと突き詰められそうだなと思ってて。技術的に新しいことを突き詰めるよりは、みんなが安定して働きやすい環境と、配信事故を起こさないシステムを作っていきたいと思っています。
──なるほど。水越さんは技術よりもまず現場の裏側を支えるシステムを厚くしていきたい、ということですね。
水越:はい。配信だとキラキラした場面がいっぱい見えると思うんですけど、僕たちは事故を起こさないためにもっと地味で細かーいことを日々やってます。スタジオを使う配信だと、ライバーさんのチャンネルで配信をするとしても、ストリームを流しているのも配信開始ボタンを押すのも僕ら。いうなればボタン1つで配信事故を起こしてしまえる環境にいるので、責任重大です。
ANYCOLOR新2Dスタジオの様子。
気が付いたら“なんでもわかる人”になれるかも、スタジオ部はチームプレイ
──スタジオも大きくなりましたので、今後スタジオ部の新メンバーを募集することもあるのではと思います。2Dチームに限って言えば、例えば「こういう人が向いていそう」「こういう人に来てほしい」というビジョンはありますか?
水越:自分としては1つの仕事に執着しない人がいいと思いますね。というのも、先ほどお話した通り、僕たちの仕事は細分化されていなくて、なおかつ内容の幅もものすごく広いんですよ。ロケ企画でカメラを振ってた人が次の日は3D配信でスイッチャーやってる、みたいなこともけっこうあります。
關・福島:(笑)
水越:だから、いろんなポジションが経験できるということは、その分同僚がどんなことをしているのかを知れるということなので、何かトラブルがあったときに状況を俯瞰して冷静に考えることができるんですよ。仕事の段取りも見えるし、気が付けば“なんでもわかる人”になっているという。
だから、「この人はなぜトラブってるんだろう?」という原因がわかるので、カバーの仕方も見えてきますよね。一芸に特化してる人もそれはそれで素敵だと思いますが、僕たちスタジオ部はチームプレイで成り立っているので、お互いをフォローし合わないといけませんから。
關:例えば「自分は映像の技術者で、音声のことはわからないので何もしません」じゃなくてね。
水越:そう。みんなで1つのものを作っているので。連携するのはスタジオ部の人間だけじゃありませんし。例えば営業チームが「この商材を売りたい」と配信の企画を持ってきてくれたら、この商材をよりアピールするために何ができるか? どれぐらい面白いことができるのか? と考えることも必要です。だから、ただ配信をするだけじゃなくて先を見据えて仕事ができる人がいてくれるとありがたいですね。
──なるほど、いろんな方面にアンテナを張って興味を持てる人はいいかもしれませんね。關さんはどうでしょう?
關:うーん……。古いかもしれませんけど、挨拶がしっかりしてる人。
水越:(笑)。それはそう! 部内の空気は大事ですから。
關:配信はみんなで作ってるものだと思うので、コミュニケーションが苦手でもいいから、そこは大事にしてくれたらうれしいですね(笑)。でも最近の若い子はみんな優秀ですよね。しっかりしてるし。
福島:確かに。それでいうと、僕は現場のタイム感を大事にできる人がいいですね。客観性を持って現場に臨める人は貴重です。やっぱりみんなどうしても自分の仕事に集中してしまいがちなので、現場全体を見てどう仕事を進めていけるかのほうが大事かなと思っています。経験がどれだけあるか、よりも現場感のほうを重視できたらいいですよね。
水越:そう、未経験でもいいんです。実はスタジオ部って、会社全体で一番新卒のスタッフを迎えている部署なんですよ。幸いなことに、未経験のスタッフに教えられる体制も整っているので、ぜひトライしてみてほしいなと思っています。