スタジオが足りない…移転から1年半で新たな物件探しを開始
取締役事業統括 鈴木貴都(以下、鈴木):まずは、そもそもなぜスタジオを移転する必要が出てきたのか聞いていきます。以前のスタジオも規模としてはかなり大きいものだったけど、「新しいスタジオが必要だな」と思い始めたのはいつ頃でしたっけ?
執行役員 藤田(以下、藤田):本社が今の六本木に移転したのは2021年の4月ですけど、2022年の12月にはもう物件を探し始めていましたね。
鈴木:当時もそれまでの状況からしたら相当に大きいスタジオにはなっていて、そこから拡張できるように追加のスペースも設けていたけど、割とすぐに移転しないといけない状況になっていましたよね。
六本木の旧スタジオの様子。
藤田:新しいスタジオが必要だなという危機感は、3Dスタジオの必要性が高まったことで最も感じていたんですが、それに加えて2Dスタジオで営業案件の配信をするケースが増えたことも要因の1つですね。そもそも昔はスタジオで案件配信をすることはあまりなかったんですけど、ここ数年で一気に増えてきたので、「あれ? 2Dスタジオのほうが足りなくない……?」という危惧がありました。
テクニカルディレクター 山川(以下、山川):ライバーが自分の配信のためにスタジオを使いたいっていう要望よりも、さっき話に出た「営業案件でスタジオを使いたい」っていう要望のほうが増えてきましたね。肌感としては六本木スタジオに移った当初の何倍か……ぐらいには、需要が高まっていたと思います。
鈴木:2D・3D両方の需要が同時に高まっていった結果、2Dスタジオを魔改造して3D配信をしたり、逆に3Dスタジオで2D配信をする、みたいなこともありましたもんね。案件配信だけじゃなく、社内にもコンテンツを作る部署があるし、「木10!ろふまお塾」といった公式番組を作るためにもスタジオを使わないといけない。そうした積み重ねで社内からの利用希望が増加、結果としてライバーの希望が通りにくくなることがあったということですよね。決してライバーの配信を邪魔したいわけじゃないんですが……。こうして、スタジオの部屋数が足りないよねっていう問題が表面化した。
山川:そうですね。あと、昔と比べてANYCOLORが“会社っぽく”なりましたよね。
鈴木:というと?
山川:僕は2019年からこの会社で仕事しているんですけど、「ライバーと一緒に楽しんでいろんな新しいものを作っていこう、そのためには多少の失敗も厭わない」という時代から、安全でミスのない配信をしないといけないという状態に次第にシフトしてきているなと感じています。
鈴木:会社の規模が大きくなるにつれて、そういった変化の必要は間違いなくあったと思っています。我々の内情の変化というよりは、どちらかというと、我々の配信が世の中の多くの人に見てもらえるようになったことで、世間から求められる要素が「革新性」から「安全性」、つまり失敗しないこと、に変わってきた、とも言えるでしょうね。
昔は社員の執務室にライバーがいつの間にかいて、一緒にカードゲームをやったりする、なんてこともあったけど。その時代を知ってると、よくも悪くも「大きい会社になったよな」って思う部分はあると思います。
藤田:スタジオが神田にあった頃ですね。僕含めスタッフが会社に寝泊まりすることも多かったですし。会社にいるのが長ければ長い人ほど簡易ベッドとか置いてたりする(笑)。そういう時代から振り返ってみると、確かに“会社っぽく”なっていったというのはわかります。
鈴木:私が入社した2019年上旬はまだ業績が赤字で、会社としてお金を稼いで大きくなっていかないとまずいよね、っていうフェーズだったんですよ。しっかりお金を稼いでライバーの生活が豊かになるように、と考え始めた頃だったし、会社としても設備投資をしなきゃいけない、と意識が変わったのは間違いないですね。あの頃は人も満足に採用できてなかったから。
「この際全部強化してやろう!」ライバーの希望も叶えた新スタジオの特色
鈴木:新スタジオへの移転にあたって一番大切にしていた条件はなんですか?
藤田:3Dスタジオが以前よりも増やせる、というのがマストの条件でした。
山川:僕は移転が決まったタイミングで「この際全部強化してやろう!」と思っていました。お金はかかるだろうけど、さすがに「スタジオの引っ越し、もう何回目?」という気持ちがあったので。だからもう、引っ越したくなくなるような理想のスタジオを作ろうと思ったんです。だから、いろいろな展示会を見に行ったりして施工業者を探して……と動いていた中で、いい業者さんと出会うことができました。
鈴木:ある意味、“終の棲家”を作るっていう思いが大前提としてありましたよね。床面積も希望をクリアして、なおかつ拡張性もあるような場所じゃないとだめだったし、いろんな視点から考えて今の場所に決まったわけですね。もちろんライバーの自由な感性で企画をやってほしいし、それに加えて会社として成長するためにやらないといけない仕事もある。その2つをどちらも諦めないために、(部屋の)数を確保しないといけなかった。ちなみに、規模感はざっくり言うとどれぐらい大きくなりましたか?
藤田:床面積は3倍ですね。ですけど、部屋数は3倍以上に増えました。以前と比べてライバーや社内のニーズに応えられる部屋数が確保できましたし、新しいスタジオとして個人で使用できる配信ブースを作って、4人ぐらいで配信できるスペースも作りました。個人配信ブースは六本木スタジオと比べて防音面で機能が向上しましたし、空調も改善して快適になったと思います。
ANYCOLOR新スタジオの個人配信ブース。
山川:所属ライバーの数も大きく増えましたし、案件配信で個人の配信ブースを使うことが増えましたよね。昔はライバーが案件配信も自宅で配信するケースが多かったですが、会社が成長するにつれて大きな案件を任せていただくことが増えてきて、そのぶん企画の複雑さが上がったり、進行の安定性を求められたりするので。そのために、スタジオでスタッフがサポートして欲しいという要望が挙がっていたんです。
鈴木:加えて、海外在住のライバーが仕事で日本に来る機会が増えたのもありますよね。(ライバーが)日本にいる間は配信ができなくなってしまうので、そこを解消するために個人配信ブースの数と質を充実させたい、という思いがありました。日本での仕事が彼ら・彼女らの活動を妨げてはいけないなと思っていたので、ようやくその環境を整えることができました。
藤田:そうですね。
鈴木:あと近頃、スタジオの用途も広がってきたなということも感じています。これまではダンスに特化した企画は少なかったですが、最近は音楽ライブやYouTube Shorts・Tiktok流行などの影響もあって、ダンスをしっかりやっていきたいというライバーが増えた印象です。その点に対応する設備というのは、例えば何が挙げられますか?
藤田:移転にあたってライバーからの要望も聞いていたんですが、その中で「3Dスタジオに鏡を付けたい」というものがあったので対応しました。踊っている自分の姿を確認しながら練習ができるようになりましたよ。
鈴木:前は3Dモデルのレンダリングデータをモニター越しに確認するしかなかったから、振付の確認がより楽になりそうですね。
藤田:はい。データで確認しようとするとどうしてもラグが出て、そうやって遅れて反映される自分の動きを見ながら踊るとどうしてもそっちにつられてしまうんです。リアルタイムでしっかり確認するためには鏡が必要だよね、ということで。
ANYCOLOR新スタジオのモーションキャプチャーエリア。
ローションなのに滑らない? 旧スタジオで生まれた“名企画”の苦労話
鈴木:スタジオ部は全体的に、本社とは少し空気感が違うなと感じることがありますね。先ほどの話の流れを踏まえて言うと、スタジオ部は“会社”というよりは研究室のようで、「これをこうしてみたらなんかできるんじゃね?」みたいな。今でもコアメンバーとして活躍してくれているスタッフが主体になって、いろいろやってくれていた記憶があります。
山川:ローションカーリング企画もそうでしたね。
「【漢の企画】第一回にじさんじローションカーリング選手権 1st ROUND」
鈴木:秋葉原のスタジオから出るときにやったんでしたっけ。「あとで原状復帰するんだからやったるわ!」って。
藤田:そうですね。それよりも以前に1回ローション企画はトライしてたんですけど、六本木移転のタイミングで、ローションを使った企画をやりたいって言われていて。前回よりも規模感が大きいものをやろうと考えたときに、ライバーさんたちと話して「じゃあローションでカーリングしたら面白いんじゃない?」っていう経緯でした。
鈴木:そうでしたね。私からは「怪我にだけは絶対気を付けること」と伝えた記憶があります。
藤田:でも大変でしたよね。ローション流してるのに滑らないんですよ。滑り台状のセットを作ったんですけど、3D用の靴ってけっこうグリップが効いていることもあって、滑らない。じゃあどうしたかっていうと、靴の裏に板を貼りました。「おお! 滑った滑った!」ってみんなで喜びましたよね。
山川:(両手を上げながら)「やったー!」って。
鈴木:(笑)。あの時期は、本社のほうはちゃんと会社として堅実にがんばっていこうっていう姿勢で、それは間違いなく正しい姿で、だからこそ今の会社の成長があるわけだけど、スタジオはエンタメ性を追及しようぜ、というベクトルに振り切っていた。そこはスタッフにとっても今でもコアな部分として残っていると思うんです。
藤田:はい。僕たちはあくまでも楽しく仕事をしたくて、そうすべきだと思っているんです。僕らが楽しんでいないと、見てくれている人たちも楽しくないでしょうし。これは山川さんも言っているし、歴代のスタッフたちも思っていることじゃないかな。
山川:(うなずく)
鈴木:「遊ぶこと」と「楽しく仕事をする」はまったく別物ですよね。内輪の“面白い”のハードルってそもそもかなり低いから、身内で面白いと思えなかったものを外に出しても、世の中の人から面白いと思ってもらえるわけがないと思うんです。その意味ではライバー含め「今やってることって本当に面白い?」って真剣に話し合える空気がスタジオにはありましたよね。
そういえば、神田スタジオから秋葉原スタジオに移転するとき、業者さんにお願いするお金がなくて自分たちで搬出・搬入しましたよね。
藤田:もう……。僕のトラウマなんですよ、それ。
鈴木・山川:(爆笑)
鈴木:自分たちで荷詰めしてレンタカーでトラック借りて……。
山川:僕はそのときちょうど別の現場で作業に参加できなかったんですが、会社に戻ってきたら「わあ、トラック運転しとる。うちの社員が……」ってびっくりしましたもん。
鈴木:懐かしい。
藤田:引っ越し業者どうしましょうか?って(当時の)偉い人に相談したら、「うちの稼ぎで業者なんて入れられるわけない。自分たちでやるしかないよ」って言われて。
鈴木:衝撃を受けたよね。まあ、あの頃の財政は本当に大変だったので、できるコストはすべてカットしたかったのも間違いない事実です。山川さん、その頃の自分が今の新スタジオを見たらなんて言うと思います?
山川:「マジ……?」って言うんじゃないですか。ひっくり返ると思います。
鈴木・藤田:(笑)
いつか100人オフコラボも可能?AR配信専用スタジオも誕生
鈴木:先ほど話した通り、新スタジオは部屋の数が増えて利便性も格段に上がりました。おふたりが今後スタジオで「こういうことができたらいいな」と思うことはなんですか?
山川:100人オフコラボですね。今のスタジオになって、1部屋に25~30人ぐらいは入るし、各スタジオ間の映像の連携もスムーズになりましたから、今後諸々調整しつつ果たしてどこまでやれるのかなって見極めるのが1個目のハードルかなと考えています。
鈴木:前々から「にじさんじでオールスター感謝祭のような番組をやりたい」っていう案が挙がっていましたもんね。藤田さんはどうですか?
藤田:まず社内スタジオでAR配信をやりたいと思っていて、それ用のきれいなスタジオも作ったんです。だからそのうち、ゲストを呼んでAR配信をやりたいですね。Nornisで一度、バンドと一緒にAR配信をやったのですが、あれは社外のスタジオだったので。
「Nornis 1st Anniversary ~Acoustic Mini LIVE~ #Nornis_1周年記念ライブ 【戌亥とこ/町田ちま/にじさんじ】」
鈴木:なるほど。なんだか今のスタジオになって、昔持っていた「実験してやろう」っていう気持ちが戻って来た気がしています。ちょっと失敗しちゃうこともあるかもしれないですけど、新しいことはやっていかないといけないですよね。
藤田:そうですね、チャレンジは続けていかないと!
鈴木:今までって、スタジオも社員も本当にフル稼働で、研究をする時間がほとんど無かったと思います。部屋数を増やしたことで、どこかのスタジオが空いてる日もあるから、そこで新しい技術を実験することもできるようになりました。ある種のエンタメベンチャーマインドを、この新スタジオでより磨いていきたいですね。
技術方面では業界で誰もやったことないことをする準備をしているし、ライバーはライバーで面白い企画を考えてくれているので、その2つのかけ算によって、誰も見たことがないものができるんじゃないかと期待しています。
ANYCOLORの新たな2D配信スタジオエリア。
“楽しく仕事ができる人”が会社を成長させる
鈴木:スタジオも広くなったので、そこで働く人も増やさないといけない。おふたりはどういう人と一緒に仕事がしたいですか?
藤田:これは昔のインタビューからずっと言ってることなんですが、「楽しんで仕事ができる人」。これに尽きます。スタジオ部だけに限った話ではなく、うちの会社には楽しみながらいろんなことに挑戦してくれる社員がたくさんいて、その人たちが会社を大きく成長させてくれている、と感じているんです。仕事を心から楽しめる人には敵わないし、彼らも自分たちがやっていることをいい意味で仕事だと思っていない節があるから、どんどんいろんなことを提案してくれますし。「仕事だけど、楽しくやるぞ」ってマインドを持ってる人に来てほしいです。
山川:“楽しい”は自分で作るものですからね。
藤田:「今VTuber業界にいます」って人も来てほしいです。自分が今いる場所だとできないことは、うちなら実現できる可能性があります。なので今の環境でできないことの発露をしたくて、なおかつ楽しく仕事をしてくれるなら、ぜひうちに来てほしいです。
ANTYCOLOR新スタジオの編集ブース。
鈴木:うちはボトムアップで決まることもけっこう多くて、スタジオや3Dの技術スタッフが「新しくこういうことができるようになったんですが、どうですか?」って私に持ち込んでくれることがとても多い。現場の人たちががんばって「こういうことをやりたいです」って言ってくれたことのために、会社の上層部がお金を集めて実現する……みたいなこともよくやっているので、チャレンジしたいことがあったら、たいがいのことはできると思います。
藤田:そうですね、そこも自由度が高いです。そんなふうに「チャレンジしたい!」っていうマインドの人が集まってきているので、この新スタジオを新しいものを作りだしたり、いいものをたくさん作っていける環境にしていきたいなと思います。