言葉の壁をなくし、ライバーの魅力を世界に届ける
――最初に、ANYCOLORにおける翻訳チームの役割を教えてください。
翻訳者 K:社内外に向けたさまざまなコンテンツや資料の翻訳を担当しているチームです。にじさんじ・NIJISANJI ENの魅力を世界に届け、より多くの方に楽しんでいただくために、言葉の壁をなくしてコミュニケーションの架け橋になることをミッションに掲げています。
社外向けコンテンツを例に挙げると、公式番組や3Dお披露目配信などの字幕、グッズのタイトルや説明文、一部オリジナル曲の歌詞など多岐にわたり、英語や日本語をはじめとするさまざまな言語の翻訳をしています。
――続いて、おふたりの業務内容と入社の経緯を教えていただけますか?
翻訳者 K:私とHさんは日英・英日の翻訳を担当していて、普段は今お話ししたコンテンツや資料の翻訳と英文のチェックが主な業務です。私は最初、フリーランスとしてANYCOLORにジョインし、翻訳チームのお手伝いをしていたんです。もともと英語圏と日本のインターネット文化が好きでしたし、その間をつなぐエンタメ分野の翻訳に惹かれて入社を決めました。
翻訳者 H:私は学生時代から海外の文学や映画が好きで、「英語がわからない人でも、翻訳によってそうした作品を楽しめる」という体験に関心があったんです。前職でも英語を使う仕事をしていましたが、「やっぱり翻訳の仕事をしたい」と思い、退職して翻訳の専門学校に通い始めました。その後、「にじさんじ 7th Anniversary LIVE『OVERTURE』Daytime Stage(以下、「OVERTURE」Daytime Stage)」を観て、ENライバーさんのパフォーマンスにすごく感動したんです。「私もがんばって夢を叶えるんだ!」と心に決めたと同時にANYCOLORにも興味が湧き、コーポレートサイトを見てみたらタイミングよく翻訳者の求人があって……という流れです。
――すごいですね! 何か運命めいたものを感じます。
翻訳者 H:しかも入社してすぐに「OVERTURE」Daytime StageのBlu-ray化が決まって、日本語字幕の翻訳をチームで担当することになったんです。「こんな仕事もさせてもらえるんだ」と驚きましたし、自分が感銘を受けたコンテンツに翻訳者として携わり、世界中のファンの皆さんへ届けられることに胸が熱くなりました。
――素敵なお話ありがとうございます。情熱を持って翻訳に取り組まれているおふたりが、日々の業務の中で心がけていることはなんでしょうか?
翻訳者 K:直訳と意訳のバランスを見極めてから翻訳に入ることです。例えばオリジナル曲の歌詞の場合は、曲の世界観や作詞家さんの思いを大切にしたいので、なるべく直訳しつつ、伝わりやすくするために表現の変更が必要なときは意訳して最適な言葉を選ぶ。バラエティ番組のテロップや字幕の場合は、視聴者の方がテンポよく楽しめることを最優先に直訳を意識しすぎず、できるだけ簡潔にまとめる。このようにコンテンツや依頼内容によって訳し方が変わるんです。このバランスを判断するのは難しいですが、適した訳を導き出すために試行錯誤するのはすごく楽しいなと思います。
――多種多様な依頼があるANYCOLORならではの視点かもしれないですね。Hさんはいかがでしょうか?
翻訳者 H:私はチーム内のコミュニケーションで意識していることがあります。翻訳チームは「個人ではなくチームで翻訳する」という体制をとっていて、依頼ごとに翻訳担当とチェック担当を分けているんです。なので、自分が翻訳をした際にはチェック担当者が確認しやすいように「この部分はこの動画のこのシーンで、〇〇さんが話している内容を参考にしました」「過去に対応したこの案件の表現が使えると思います」などと伝えるようにしています。
Kさんがお話ししたように意訳が多くなる場合もあるため、「この表現で問題ないかな?」と悩むこともありますが、気軽に相談できるのもチーム体制のいいところですね。すごく心強さを感じますし、やりやすいなと思います。
「がんばらない」をどう訳す?
――ANYCOLORで翻訳をする中で、難しいと感じた言葉や表現はありますか? 最終的にどのように翻訳されたのかも教えてください。
翻訳者 K:個人的に難しかったのは、日本語のボイスコンテンツのタイトルですね。簡潔さと語呂のよさを意識しながら、日本語特有の言い回しを英語で表現するのがすごく難しくて。例えば、昨年12月に販売されていた「にじさんじ 甘えんぼボイス」では、ライバーさんの表現するニュアンスの「甘える」に当てはまる適切な英語が見当たらず、言葉の背景やボイスのシチュエーションによって合う単語が変わってくるので悩みました。チームメンバーにも相談し、ライバーさんとファンの皆さんの関係性やボイスの背景を考えて、最終的には「ぴったりくっつく」「頼りにする」という意味を持つ「Clingy」を採用しました。
また、今年8月に販売されていた「がんばらないボイス」の翻訳も難しかったですね。ボイスタイトルの「がんばらない」は、「普段がんばっているからこそ、あえてがんばらない」という意味合いですが、「がんばらない」を単純に英語にすると「サボる」などの意味を持つ「Slack off」になってしまうんです。どうしたらこのボイスのシチュエーションを捉えた表現ができるのか考えた結果、「気楽にいこう」という意味の「Take it easy」にたどり着きました。
――日本語ならではの表現を訳しつつ短くキャッチーに、というのはすごく難しいんだなと思いました。
翻訳者 K:そうなんです。短い文章の翻訳で言うと、オリジナル曲の歌詞の英訳も難しいなと思います。
翻訳者 H:個人的に歌詞の英訳が難しい一番の理由は「主語」にあると思っていて。日本語って、主語がなくても意味が伝わるじゃないですか。特に歌詞では省かれていることがよくあるのですが、英語は主語がないと文章が成り立たないため、英訳する場合は主語が何かを読み解いて補わなければならないんです。ただ、歌詞を読んでも主語が「私」か「あなた」か明確でない場合や、聴く人が好きに解釈できるようあえて主語を置いていないケースもある。翻訳によって1つの型にはめてしまわないよう、かなり慎重に言葉を選んでいます。
――主語の置き方によっては解釈の不一致が起こる可能性があるわけですね。
翻訳者 H:はい。なので、楽曲のMVが公開されている場合は必ず繰り返し観るようにしています。歌詞の意味を表した描写など、何かヒントになるものがないかひたすら探すのも、翻訳に必要な工程だと思っています。
翻訳者 K:私は歌詞の世界観を反映すると同時に、英語の歌詞として成り立っているかも大事なポイントだと思っているんです。だから翻訳が終わった後に一旦原文を忘れて、自分が訳した英語の歌詞を読み返し、不自然に感じる表現があれば直す……というように、客観的な視点で見るようにしています。
――おふたりの翻訳に対するこだわりが伝わってきました。さまざまな観点から訳を考えているんですね。
翻訳者 H:基本的に我々が翻訳した文章が会社の公式表現になるので、情報の正確性には細心の注意を払っています。特に外部企業のIP(知的財産)が翻訳内容に含まれる場合は、正式な英語表記について徹底的に調べるようにしていますね。
そういう意味で印象に残っているのが、今年4月に配信された「超!VOLTACTION(※1)」代理プロレス回の英語字幕です。番組の中で対戦型格闘ゲームの用語やキャラクターの名前が出てきたため、英語版の公式ホームページなどを見ながら1つひとつ確認しました。
※1→VOLTACTIONが真のスーパースターになるためにさまざまな挑戦をし限界突破する番組。2026年1月から特別番組として不定期で配信され、7月21日の放送回からレギュラー化した。現在は毎月第1・第3火曜日に配信されている。
直訳だけでは伝わらない“生きたニュアンス”
――ここからはANYCOLOR MAGAZINE(以下、エニマガ)の記事についてお話をお伺いします。エニマガでは、インタビューでのライバーさんの話し方やテンションなどを活かし、その方らしさが伝わる記事作りを心がけています。翻訳チームの皆さんには主にENライバーさんが登場する記事の翻訳をしていただいていますが、実際に翻訳する中でどんなことを意識されているのでしょうか?
翻訳者 K:私はライバーさんの言葉の裏にある思いを、そのままの温度感で訳すことを大事にしています。翻訳者として余計な言葉を足したり、必要な言葉を削らないよう心がけていますが、直訳だけでは伝わらないニュアンスやエモさ、その場のノリをどこまで表現できるかが重要だと思っているんです。先ほどお話しした直訳と意訳のバランスとも通じるところですね。だからエニマガの方針と同じく、ライバーさんのテンション感や言葉選びを活かして翻訳するよう意識しています。
翻訳者 H:私もKさんと同じですね。エニマガのインタビューでは、ライバー活動に対するこだわりや葛藤なども明かされるじゃないですか。しかもライターさんが書いた原稿からは、ライバーさんの声のトーンや身振り手振りも伝わってくるような感覚があるんです。自分が原稿を読んで感じた空気感とライバーさんの思いを、異なる言語でも同じように表現するにはどう訳せばいいのか。それを常に考えながら翻訳しています。
翻訳を担当した原稿の完成版が届いたとき、「ここは特にライバーさんの強い思いが込められているな」と感じてこだわった言葉が見出しや太字になっていることがあります。ライターさんと同じ視点で翻訳に向き合えていることを実感しますし、「ライバーさんの気持ちを汲み取った翻訳ができたんだな」とうれしくなる瞬間ですね。
――翻訳チームの皆さんが我々と同じ気持ちで向き合ってくださっているのがとてもありがたいです。Kさん、Hさんがこれまでご担当された記事の翻訳で印象的なことも教えてください。
翻訳者 K:私はエリーラ ペンドラさん、サニー・ブリスコーさん、星川サラさん、ローレン・イロアスさんが登場する「OVERTURE」の記事が印象に残っています。エリーラさんとサニーさんも日本語でインタビューを受けられていたため、英語が母語であるお二方が日本語で話した言葉を英訳するという難易度の高い翻訳でした。
――エリーラさんもサニーさんも日本語がお上手とはいえ、英語だと違う言葉になるかもしれませんし、お二方の中に“正解”がある可能性もありますからね。
翻訳者 K:そうなんですよね。なので、エリーラさんとサニーさんが英語で話したらどういう言葉を使うのか考え、実際にお話しされている様子もイメージしながら訳を考えました。珍しいケースの翻訳で少し大変でしたが、貴重な経験ができましたし、すごく楽しかったです。

“OVERTURE” JPxEN Panel | Elira, Sonny, Hoshikawa and Lauren; Each Following Their Own Passion, Toward the Grand Stage
翻訳者 H:私はヴォックス・アクマさん、ユウ Q ウィルソンさんがそれぞれ登場した「ライバー×マネ対談」とKrisisisのインタビュー記事の翻訳を担当したのですが、その中の2記事にウィルソンさんが登場されているんです。記事ごとにお話しするお相手やテーマが違ったので、ウィルソンさんのテンション感や言葉に込められた思いを汲み取りながら、それぞれの文脈に合わせて翻訳したことが印象に残っています。

ユウ Q ウィルソン&マネージャー対談 頼れる友達と作る「みんなが楽しめる場所」
翻訳者 K:ちなみに、Krisisisのロケスタッフ対談の翻訳は私が担当したのですが、記事の中で「アイスクリームケーキ論争(※2)」が話題に挙がっていたじゃないですか。その内容を正確に訳すために、いろいろと情報を集めた記憶があります。
※2→アイスクリームケーキにおける「スポンジ生地の有無」や「理想の食感」「アイスクリームケーキの保存方法」について、それぞれのこだわりが語られた一幕。生まれ育った地域や文化圏による「アイスクリームケーキの定義」の違いから、お互いの意見がぶつかり合う賑やかな議論が巻き起こった。
翻訳者 H:「アイスクリームケーキ論争」はKrisisisのインタビュー記事でも話題に挙がっていたので、Kさんと一緒に動画を観て「これのことだよね?」と確認し合いました。ただ、2人ともなかなか理解できなくて、最終的にアイスクリームケーキの画像を検索したんですよね(笑)。
翻訳者 K:そうでしたね(笑)。そんなふうにHさんと話し合いつつ、ファンの方がYouTubeに投稿してくださっている切り抜き動画なども参考にしながら訳を考えました。

Krisisisロケスタッフ対談 アイスケーキ論争を最高の“非日常”に
ANYCOLORでは「たくさんのこだわりや思いに触れられる」
――おふたりがお仕事や日常の中で感じる「翻訳者あるある」をお聞きしたいです。
翻訳者 H:街中を歩いているとき、ポスターや看板に日本語と英語が併記されていると、つい見比べてしまいますね。「翻訳した方はこの文章から何を読み取ってこの表現にしたんだろう」と考えるのが楽しくて。翻訳者の方にとっては、けっこうあるあるなんじゃないかなと思います。
翻訳者 K:私は字幕付きの映画を観るとき、作品を楽しみつつ、字幕の言葉にも注目してしまうことですね。セリフを聞きながら、「こういう訳になるんだ」とよく考えています。
また、これは仕事でのあるあるなんですが、ずっと日本語と英語を行き来していると、使い慣れた和製英語にふと引っ張られてしまうことがあるんです。例えば、日本語で複数の案を提示するときに「パターンA」「パターンB」と言いますよね。でも、英語で「パターン」は「柄」という意味なので、そのまま「Pattern」と訳すと意味が通じないんです。たまに気付かず訳してしまって、「これ和製英語だ!」とハッとさせられる瞬間があります。
――常に日英・英日の翻訳をされているからこそのあるあるですね。少し話題が変わりますが、普段から日本語と英語の両方に触れているおふたりから見て、ENライバーさんの配信などで特徴的だと感じる点はありますか?
翻訳者 K:日本語と英語が混ざっているところですね。例えば、雑談配信は「Zatsu(雑)」、歌枠は「KARAOKE(カラオケ)」と表記するなど、日本の言葉をアレンジしたり、そのまま使っていたりすることがよくあります。
翻訳者 H:VTuber文化の中で、よく使われる日本語が“輸入”されているような印象ですよね。
――なるほど。日本語がどのように使われているか、という視点でENライバーさんの配信を観てみるのも楽しいかもしれません。それでは最後に、ANYCOLORで働く面白さや魅力、VTuber業界ならではと感じたことを教えてください。
翻訳者 H:仕事をする中で常に感じているのが、どんな依頼であれ、ANYCOLORで翻訳する文章にはスタッフやライバーさんのこだわりや思いがたくさん詰まっているということです。それらを汲み取って翻訳するのは難しいですが、その分とてもやりがいを感じますし、多彩な表現を模索して翻訳できるのはANYCOLORならではだと感じています。
もう1つ、先ほどお話しした「個人ではなくチームで翻訳する」という体制も大きな魅力ですね。翻訳とチェックがチーム内で完結しますし、依頼した方も社内にいるので、すぐに確認や相談ができる点もいいなと思っています。
翻訳者 K:私は、コンテンツに対するファンの方の反応をすぐに受け取れることがVTuber業界の魅力だと思います。公式番組や3Dお披露目配信に日本語と英語の字幕が追加された際、ファンの方から「字幕が付いてる!」「うれしい!」というような反応をいただいたんです。そういったコメントを目にすると、喜んでもらえてよかったとうれしくなりますし、仕事をするうえで大きなやりがいにつながっています。
私がANYCOLORで翻訳を始めてから数年経ちましたが、VTuber業界の変化や進化とともに、翻訳も変わってきていると感じています。その時々のトレンドや状況によって翻訳も進化し、言葉や表現が変わっていく。その移り変わりを見られるのもこの業界だからこそだと感じていますね。